アルミ缶の上にたくみかん

アルミ缶の上にたくみかん

日本百名山を中心に単独登山やドライブなどを書いた日記です。

失礼なこと。でも生産性を上げるには必要なこと。

プログラミングが仕事。

 

分からなことは自分で調べろが上司の口癖。

だから基本的に向き合う相手はネット界の諸先輩方でありGoogle先生だ。

 

でも時には先輩に聞かないといけないこともあれば、報告と同時に即フィードバックに入ることもある。

 

そうなると私は1つの懸案事項を抱えることになる。

「先輩の話が長すぎる問題」だ。

 

先輩はとても優しくて丁寧に教えてくれる。その上、他の人たちよりも技術的なところまで知っている。

だから聞くのだがこれには少々覚悟が必要である。

 

話が長いのだ(失敬)。ほんとうに。

 

わずか10秒の1つの質問に対して必ず10分は話続ける。引継ぎとなると平気で40分は超える。

理由は明確で話が次から次へと展開するからである。

例えば1つの話をしていてそれがデータベースのテーブル移植についてだとしよう。

すると移植の話の途中からSQL文のテクニックやSQLインジェクションの話になり、一巡したところで話がまた戻る。

一般化すると、最近の車の性能について聞いてるのに途中からカーナビの性能や眠くならない方法について話し、また最新の車の性能について話すようなものだ。

特に全体を俯瞰するとズレているわけでもないから話を止めにくくなる。

 

でも1つ確かなことは論点がズレていることだ。

 

知識も技術力もすごい。

時間があるなら話を聞きたい。

でもその話が今の自分に必要かと言われると不要だ。

最初の質問に答えてくれるだけでいい。

私は仕事は生産性が大事だと考えている。

偉そうな言い方だが、冗長的な会話はお互いの生産性を下げることになり、それは納期のあるビジネスでは致命的な点となる。

 

最初こそ、はいはい  と聞く。

でも質問に答えてくれたと思った瞬間、気づけば関係ない話が始まる。

本当ならありがたい、普通の会社ではそこまで教えてくれない。

僕に自分の経験を教えてくれようとしている。

だが、ありがたい話しは私の生産性を下げる。これは放置できないジレンマだ。

 

入社時は耳を傾けていた。

だが最近は聞くこと聞いたらパソコンに顔を戻す。

またはブラインドタッチができる私は話を聞きながら必要な箇所の話をまとめる。

先輩が話す延長戦の間に私は3ゴールくらい決められるからだ。

 

とても失礼な行為をしている。

というのは分かっている。

だがやはり話を端的にまとめられないのは相手ファーストではないから極端な言い方をすれば思いやりがないということになる。

聞いておいてなんだと思われるだろうが質問に答えてないのは論外だ。その時点で相手の生産性は著しく低下し始める。

とはいえ立場上、そんなのは指摘できない。

それを注意する人がいないからもっと厳しい。

 

社会は残酷だ。

 

せっかくいい腕を持っていても、それが「伝わら」なければ意味がない。

みんなが聞いてくれなければどんなに素晴らしい企画もゴミ同然だ。

分かりやすく伝えること以上に相手が伝わったと認識する方が大切なのだ。

これは技術でもなんでもない、ただのキャッチボール=コミュニケーションだ。

誰にでもできるから問題となるのだ。

 

スティーブ・ジョブズiPhoneについてのプレゼンはとても簡潔で分かりやすかった。

言いたいことが最初の数分で伝わった。

「携帯電話を再発明したこと。電話、iPod、インターネットが1つになったこと」

あとはそれらについて細かに話していった。

 

俗に言う結論から話すと言うことである。

 

だが知識あふれる人は話しながら次から次へと話題が出てきてマシンガントークになる。

私も飛行機と山についてはそんな感じだからよく分かる。

好きなこと、得意なことは話すと気持ちがいい。でもそれは「話せた」という話し手の自己満足でしかないのだ。

ビジネスにおいて思いやりとは聞き手の生産性を考えること。質問には答える。それで分かっていなければ噛み砕く。分かったなら話したいことがあっても終了する。

余計な知識は相手を混乱させ、ド忘れさせるだけだ。

 

言えないのであれば気づいてもらうしかない。

それが失礼だとわかっていても行動として示すべきだ。

多分、先輩からしたら私は話を聞かない後輩だと思われているかもしれない。

そう上司に伝わっているかもしれない。

 

んなもん知ったこっちゃない。

 

私は生産性を取る。それが会社の利益に繋がりチーム全体を促進させる第一優先事項だからだ。

 

何も後輩だから、部下だからといって先輩や上司の話を最初から最後まで聞く必要なんてないと思う。社会人の最初こそは人生の先輩のありがたいお話と思っていたが、慣れてくるとまたこの話かよ、大したことないじゃんと思えてくる。聞いたところで昇給もなければ出世もない。だったら結果に繋がる自分の生産性をどう高めるか考えて行動するのが良いのでは?と考えている。

 

ディスったように書いてしまったが、先輩自体は本当に優しくてお世話になっている。

だが話が冗長化されるのは気になる。

言い換えればそこだけ改善すればとても仕事がしやすくなると思うのだ。

 

残念ながら来週から先輩は別の会社に常駐となる。ここまで丁寧に教えてくれる人はいないだけに寂しいものだが、お互いにこの期間で鍛えられることを考えたら案外楽しみかもしれない。

 

と偉そうに書いたものの私のブログも冗長化していると思うσ(^_^;)

端的にしてみようかな。

無理か。